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広島高等裁判所岡山支部 昭和39年(ネ)16号 判決

控訴人(原告)

吉森芳子

被控訴人(被告)

坂本藤一

主文

一、原判決のうち控訴人の金員支払の請求を却下した部分を取り消し、同部分および当審において拡張申立てのなされた金員支払の請求につき、本件を岡山地方裁判所高梁支部に差し戻す。

二、その余の部分に対する控訴を棄却する。

三、前項の部分に関する控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人の申立

「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決添付目録記載の土地につき持分四分の一の所有権移転登記手続をなし、また一七一万四六九〇円および内金一〇〇万三五七二円に対する昭和二六年九月一日より、内金二万八七〇〇円に対する同二七年一月一日より、以下いずれも各内金五万〇一八六円に対する同二八年ないし同三七年の毎年一月一日より、以下いずれも各内金六万〇一八六円に対する同三八年および同三九年の毎年一月一日より、各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被控訴人の負担とする」との判決ならびに金員請求部分につき担保を条件とする仮執行の宣言を求める。<以下、二・控訴人主張の請求原因、三・被控訴人の答弁、四・証拠=省略>

理由

一、本件の訴えの適否について

1、前訴の経過

職権をもつて調査するのに、控訴人の本訴請求については、さきにこれに関連する訴えが提起され、一審における終局判決後、控訴審においてその取下げがなされた事実が認められるが、岡山地裁高梁支部昭和三二年(ワ)一五号(広島高裁岡山支部同三四年(ネ)一四二号、最高裁同三七年(オ)三七〇号)遺留分減殺請求事件の確定記録によると、その経過は次のとおりである。

イ、昭和三二年九月二七日、控訴人は被控訴人に対し、本件土地につき「控訴人が四分の一の持分を有することの確認および右持分の所有権移転登記手続」を求め、高梁簡裁同年(ハ)七八号遺留分減殺請求事件として同裁判所に係属した。控訴人はその後、請求の趣旨を「二分の一の持分を有することの確認および右持分の所有権移転登記手続」の請求に拡張し、これにより同事件は岡山地裁高梁支部に移送されたが、その請求原因は、本件におけると同様、「控訴人は亡坂本志希与の長女として、被控訴人の妻秀子とともに、その遺産相続人であるが、志希与の死亡による相続の開始前一年内に、同女の所有財産である本件土地が被控訴人に贈与された旨の登記が経由され、これによると控訴人の遺留分が侵害されるので、控訴人は右事実を知るや、ただちに被控訴人に対して遺留分減殺の請求をし、本件土地に対する持分二分の一の所有権を回復したので、その確認および所有権移転登記手続を求めるというのである。

右請求は昭和三四年九月一八日、同高梁支部の判決により棄却された。

ロ、控訴人はこれを不服として控訴の申立てをしたうえ、控訴審たる当庁において請求の趣旨および原因を変更し、第一次的には、前記贈与を無効(不存在)であると主張して、「被控訴人に対する所有権移転登記手続、被控訴人の地上立木伐採による損害賠償金二〇三万余円および右土地の天然果実返還金五五万余円等の支払」を求め、予備的に、従前の遺留分減殺の主張を維持して「持分二分の一の所有権移転登記手続および右同様の金員の支払」を求めた。右は控訴審における準備手続の結果ようやく到着した結論であつて、この間、控訴人は控訴提起の当初より請求(控訴)の趣旨および原因を変更する旨の書面をしばしば提出し、これによると、控訴人は一審における所有権確認請求を取り下げて、新たに抹消登記および金員の支払請求を追加したものであることが明らかであるが、被控訴人はこれら書面の送達(控訴状は昭和三四年一二月一二日、その余は翌三五年六月、八月、九月に到達)後なんら異議を述べるところがなく、控訴人申立ての請求の趣旨および原因は、一応、同年九月二七日の準備手続期日において前述の内容に確定した(果実返還金はその後六〇万余円に増額された)。

しかるに、控訴人はその後、翌三六年二月二五日付け準備書面(確定記録三七五丁)以下をもつて、予備的請求を取り下げる旨を申し立て、該書面はその頃、被控訴人に送達されたが、被控訴人はこれについても異議を述べなかつた。予備的請求の取下げの趣旨は、控訴人が重ねて提出した同年五月九日付け準備書面(確定記録三九六丁)の記載に徴しても、疑問の余地がない。

ハ、以上によると、控訴人は当初、一審において、a所有権確認とb所有権移転登記手続を請求して、請求棄却の本案判決を受けたのち、控訴審において、おそくとも昭和三五年一二月末頃にa所有権確認請求を、また翌三六年六月初め頃にb所有権移転登記手続請求を、順次、取り下げたものというべく(なお、前記の「予備的請求」として掲げられたもののうち金員の支払に関する部分は、第一次的請求のうち金員の支払に関する部分と、結局、同一の請求と認められる)、第一次的請求のみが係属することとなつたが、右は翌三七年一月二二日当庁の判決により棄却され、控訴人は上告して争つたが、翌三八年三月一日最高裁判所第二小法廷判決により棄却されて確定した。

2、本訴の提起と民訴二三七条二項による再訴の禁止

イ、本件の訴えの訴訟物について

控訴人の本訴における請求は、本件土地に対する持分四分の一の所有権移転登記手続、本件土地のうち田畑より生ずべき天然果実(金員)の返還、本件土地のうち山林地上に生立した立木の無断伐採による損害の賠償およびこれらの金員に対する遅延損害金の支払を求めるもので、その根拠が遺留分の侵害による贈与の減殺請求にあることは疑いを容れない。そして法律は、「減殺を請求する」(民一〇三一条等)といい、また「減殺の請求権」(民一〇四二条)あるいは「遺留分回復の訴」(民一〇〇三条)なる用語を用いるが、遺留分の減殺請求権は裁判外で行使さるべき実体法上の形成権であつて、その行使により贈与または遺贈は、遺留分を侵害する範囲において遡及的に効力を失い、目的物の権利は当然に遺留分権利者に復帰するものと解すべく(民法が原則として原物返還主義をとつたことは、かかる解釈によつて正当化されるともいえよう)、右により復帰した所有権に基づく目的物の返還請求ないしは受贈者に対する所有権移転登記の抹消請求等が、前記にいわゆる「遺留分回復の訴」の訴訟物であつて、かかる個々の具体的請求を離れて、抽象的ないしは包括的な「遺留分減殺の請求」が訴訟物として存在するわけではない。

これを本件についてみれば、控訴人の本訴請求の第一は、所有権(持分)の復帰に基づく移転登記の請求であり(抹消登記を求めるか移転登記を求めるかは、しばしば、便宜ないしは政策の問題にすぎない)、その第二は天然果実(金員)の返還である。控訴人は本件土地のうち田畑八筆より生ずる天然果実の返還を求めるというが、その現実に訴求するところは金員の支払であつて、金銭が土地の天然果実でないことは言をまたない。控訴人の訴旨とするところは、結局、田畑より生ずべき天然果実(米、麦、大豆等)の代価の償還にあることが明らかである。そして民法一〇三六条は、受贈者において「減殺の請求があつた日以後の果実」を返還すべきものとするが、同条は、がんらい、悪意占有者の果実返還義務および消費した果実等の代価の償還義務を規定した同法一九〇条一項の特則であつて、減殺請求の意思表示の日をもつて受贈者が悪意の占有者となつた時とみるところに、同条の規定の趣旨があるものと解されるから、遺留分権利者は民法一〇三六条・一九〇条により減殺請求の日以後の果実の代価の償還を求めうるものというべきである(これを別異に解すれば、減殺請求の日以後の果実所有権の侵害による損害賠償または不当利得の返還請求を認めるべきこととなろう)。したがつて、この点に関する控訴人の請求は、遺留分の減殺による所有権(持分)の復帰を前提として、本件土地より生ずる果実の代価の償還を求めるものと解される。その第三は、地上立木の伐採による損害賠償の請求であるが、これが遺留分減殺による所有権(持分)の復帰を前提とすることは改めていうまでもない。

要するに、控訴人の本訴における請求は、いずれも、遺留分減殺によつて控訴人に復帰した所有権に基づくか、またはこれを前提とするものであるが、請求それ自体は、個別的な所有権(持分)移転登記手続、果実の代価償還ないし損害賠償の請求であることが明らかであり、この点は、さきに「遺留分減殺請求事件」として出発した前訴の一審にあらわれた請求および二審における「予備的請求」についても、同様である。

ロ、所有権移転登記手続に関する部分について

民訴二三七条二項によると、本案の終局判決を受けたのち訴えを取り下げた者は、さらに同一の訴えを提起することができない。そして控訴人は、前述のように、本件土地につきa所有権の確認およびb所有権移転登記を訴求し、請求棄却の本案判決を受けてのち、これを取り下げた者であるから、前訴の取下げにも拘らず再訴を必要とするという特段の事情の変化がないかぎり、請求原因を同じくする同一の請求を提訴することは許されないことになる。控訴人が本訴において被控訴人に求める所有権移転登記手続は、前訴におけると請求原因を同じくし、ただ請求の内容が分量的に小である(前訴では持分二分の一につき請求し、本訴では持分四分の一につき請求する)というにとどまるから、控訴人の本訴請求のうち、所有権移転登記手続に関する部分は、前記特段の事情につき主張・立証のない以上、民訴二三七条二項の明文に反するものとして却下を免れない。

ハ、金員の支払請求に関する部分について

前訴において控訴人は、本件土地がその所有であることを前提として、「本件土地のうち、田畑の天然果実の返還金五五万円および山林地上立木の不法伐採による損害賠償金二〇三万余円等の支払請求」を控訴審において追加申立てしたが、本件土地(持分)の取得原因として亡志希与よりの相続を挙げ、被控訴人への生前贈与は志希与の意思に基づかないものでほんらい無効であるか、または控訴人の遺留分減殺により無効たるに帰したものである、と主張した(後段の主張はのちに撤回された)。右の金員請求は、前訴の一審判決後の申立てにかかるもので、もとよりこれに対する一審の終局判決はなく、控訴審における追加後は判決確定に至るまで申立てを維持されたものである(控訴審において撤回されたのは、被控訴人への生前贈与を否定するための主張の一部にすぎず、金員請求それ自体ではない)。

したがつて、右金員請求に関する部分については、民訴二三七条二項による再訴禁止の問題を生じない。

ちなみに、控訴人は前訴において、a所有権の確認を訴求し、請求棄却の一審判決後これを取り下げたものであるから、取下げののち特段の事情の変化がないかぎり、所有権確認の再訴を提起することができず、またしたがつて、所有権の存否を先決問題とする再訴を提起することも許されないとする所説が考えられないではない。しかし、所有権確認の請求と所有権を前提とする果実代価の償還および損害賠償の請求とは、訴訟物を異にし、かかる請求をも含めて民訴二三七条二項による再訴の禁止にあたると解することは、訴権を制限する同条項の解釈として厳格に失すると考えられるので、当裁判所はこれを採らない(なお、前訴一審判決は昭和三四年八月七日終結の口頭弁論に基づいてなされたものであるが、控訴人が本訴において主張する損害賠償請求権の発生時点はこれに先だち、天然果実の発生時点はその前後にまたがつていることも留意さるべきであろう)。

二、当審における金員請求の拡張申立てについて

1、申立ての経過

控訴人は当審において、本件土地のうち田畑の果実代価の償還請求につき、昭和三七年度分を五万〇一八六円より六万〇一八六円に増加し、同三八年度分として六万〇一八六円を追加し(以上、昭和三九年二月一八日付け控訴の趣旨訂正申立書による)、さらに同三九年度分として六万〇一八六円を追加した(同年九月一日付け控訴の趣旨訂正申立書による)。結局、当審において合計一三万〇三七二円の拡張申立てをしたわけである。

2、拡張申立てに関する取扱い

原判決は本訴を不適法として却下したものであるから、当審においてこれを取り消す場合は、事件を原審に差し戻すことを必要とする(民訴三八八条)。したがつて、控訴人はもつぱら本訴の適否を抗争すべく、その請求を分量的に拡張することは、控訴審における訴訟行為として無意味というほかはない。しかし、一審判決の取消しをえた暁は、差戻し後あらためて請求の拡張をなしうることは勿論であるから、控訴人があえて所定額の印紙を貼用して拡張の申立てをする以上、これを違法と即断することは妥当でない(一審判決が維持されるときは、控訴審における拡張部分は同一の理由で却下されることとなろうが、これが取り消された場合は、差戻し後の審判の対象として意味をもちうるからである)。しかも、控訴審が事件を一審裁判所に差し戻しながら、分量的な拡張申立てのあつた請求部分につき自ら審理判断するのが当をえないことは、冗言を要しない。

三、結語

以上により、原判決のうち、金員の支払請求を却下した部分は法律の適用を誤つたものとして取消しを免れず、同部分および当審における金員請求の拡張申立部分を原審に差し戻すべく、所有権移転登記手続の請求を却下した部分は相当であるので、この点につき民訴三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。(西内辰樹 西尾政義 可部恒雄)

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